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新宿区若松町。
都心にありながら、通りや路地裏には時代時代の痕跡が残っています。
人とのつながりを楽しみながら、新しい歴史を一緒につくりませんか。

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今回の「若松町歴史発掘町めぐり。」の目玉とも言っていいでしょう、
「内藤多仲記念館」をご紹介します!
 
基本的には非公開ですが、今回、見学の許可がもらえました!
門に張り付いて撮った外観写真…ねこがいます。
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内藤多仲(ないとうたちゅう、1886ー1970)とはどんな人でしょう?
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山梨県出身。東京大学卒業、早稲田大学教授。
独自の耐震理論を構築し、
それに基づいた建物(旧日本興業銀行ビル(1923 (大正12))が
関東大震災に耐えたことで高い評価を得て、
「日本の耐震構造の父」と呼ばれるようになりました。
震災後の竣工では、
歌舞伎座、大隈講堂、明治生命館などの構造設計に携わっています。
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戦後、名古屋テレビ塔(1954)、通天閣(1956)、東京タワー(1958)という
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タワー三兄弟の構造設計に携わり、「塔博士」とも言われた人です。

名言があります。 
「塔とは装飾を排除し、数字が造り上げた、自ずからなる安定の美。」
おおー!かっこいいじゃないですか!

 
早稲田大学アーカイブの映像がyoutubeにあり、とても面白いのでご紹介しておきます。
 
1分30秒前後に、まさにこの自邸から歩いて出てくる映像があります。
(この家の前の道は私道で、お隣もまた面白い話があるのですが、それはまた次回…)

 8分40秒あたりから、
「留学から帰るときに荷物のトランクが壊れなかったのはなぜか?」と耐震理論を考えた、
というくだりがあり、非常に面白いです。
 
 
若松町にある、1926年竣工のこの自邸は、
内藤多仲自身の設計で、45年間暮らし、
2階の書斎の机で仕事を行っていたということです。
こんなすごい人も住んでいたんですね!若松町!
 
現在は、「早稲田大学内藤博士記念耐震構造研究館」として、
基本的には非公開ですが、今回、見学の許可がもらえました!
 
建築に興味がある…だけの方は、
シェアハウスにも興味がある方をお誘いあわせの上(笑)、
いらしてくださいね!

by 碧
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PROFILE
HN:
CORE 牛込若松
性別:
非公開
自己紹介:
新宿から8分、若松河田駅から2分。

築50年の建物を、無垢材や漆喰など自然素材を活かして改修中。充実したキッチンや共用空間、ゆったりとした個室、みんなでつくる庭。屋上からは新宿の高層ビルや花火も見えます。

実はこの町、江戸城に門松を献上していたから「若松町」という名がついたとか。江戸のお稲荷さん、大正のレトロ建築、懐かしい雰囲気の商店街も残っています。

この町で、住人仲間はもちろん、町の人たちともゆるやかにつながる。シェアハウスから広がる暮らし、はじめませんか?
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